空中測量研究室の技術ノート【2冊目】

山口大学の1研究室による研究メモです。UAV写真測量, ドローン測量, フォトグラメトリ, SfM/MVSなどと呼ばれる技術の情報があります。

【GNSS勉強メモ】水面によるマルチパス関連

UAV写真測量はGNSSにべったり頼るものだが、私のGNSSの勉強は遅々としてあまり進んでいない。次に勉強する時間が手に入ったときのために、現状の疑問点・課題をメモしておく。赤字は今後の課題となるところ。

 

  • 水面は、マルチパスの原因の1つとして目されているらしい。広い水面の見える場所にアンテナを置く場合には注意が必要のようだ。
  • マルチパスの影響には、擬似距離の計算に対する影響と、搬送波の位相測定に対する影響があるらしい。
  • 擬似距離の計算において、マルチパスは「受信機内のコードのレプリカと、受信電波に乗ったコードの相関をとって時間差を測る処理(相関がいちばん強くなる時間差を求める処理)」を邪魔する働きをする:
    https://www.denshi.e.kaiyodai.ac.jp/wp-content/uploads/pdf/investigation/030727.pdf
    https://www.denshi.e.kaiyodai.ac.jp/wp-content/uploads/pdf/investigation/20040523.pdf
    が、反射波と直達波の伝搬距離の違いが大きければ、相関のピークとなる時間差への影響が小さくなるので測位解に影響しにくい。
  • 水面反射波と直達波を比べたときの伝搬距離の増分を、平面波を仮定して幾何光学的に考えてみると、下図のようになった。数値例のとおり、アンテナの水面からの高さが数 m程度と低くては、伝搬距離の差もコードの波長に比べて小さなものになる。また同じアンテナ高さなら、入射角が大きい反射波ほど、つまり水平線近くから飛んでくる反射波ほど、伝搬距離の差が生じにくく、コード測位にとっては厄介そうだ。

  • 一方で搬送波については、反射波が重なることで位相が変わるので、そもそも伝搬距離の違いが大きくても搬送波位相測定への影響が小さいとは言えないように思う(空気中での減衰を無視すれば)。水面の各部からの反射波のうち、無害な反射波とは、上図の2 h cosθが大きい反射波ではなく、それが波長で割り切れる反射波か、水面での反射率が小さかった反射波だろう。
  • 水面を平面とみなしたとき、電波は水面で鏡面反射することになるが、その反射係数や反射率は、私がよく使ってきた可視光と同じくフレネル (Fresnel)の式に従うようだ

屈折率1の空気から屈折率1.33の水に可視光が入射するときの反射係数(フレネルの式)

屈折率1の空気から屈折率1.33の水に可視光が入射するときの反射係数(フレネルの式)
  • ただし、Fresnelの式に登場する水の屈折率は周波数に依存し、光(約1.33)と電波では異なり、Fresnelの式を使いたければGNSSで使われる電波の周波数における屈折率を調べるか、屈折率=√(比誘電率×比透磁率) で計算する必要がある。
  • こちらの論文には、GPSのL1波の周波数における0℃の淡水の比誘電率(Table 1)や、屈折率(Table 2)が示されている。屈折率は9.24のようだ。それをFresnelの式に代入して描ける反射係数VS入射角のグラフは下図のようになる。この論文のFig. 2は、p波、s波ではなく、co-polarizedとcross-polarizedの反射係数を示しているので、下図とは見た目が異なる。ちなみにしっかり調べていないが、比透磁率は可視光のみならずGNSSの周波数においてもほぼ1とみなされているようだ。

屈折率1の空気から屈折率9.24の水にL1波が入射するときのフレネル反射率

屈折率1の空気から屈折率9.24の水にL1波が入射するときの反射係数(フレネルの式)
  • なおこちらの論文の式(4)は、屈折率の代わりに比誘電率が√なく使われていて、Fresnelの式と異なるように見える。こちらの別の論文でもそうだ。なぜだろうか、要勉強。
  • こちらの論文のFig. 2では、入射角が増加してBrewster角に達したときにco-polarizedの反射係数がcross-polarizedの反射係数を上回るが、この時点で水面に入射する右旋円偏波(RHCP; GNSS衛星では右旋円偏波を使用)が左旋円偏波 (LHCP)に切り替わるらしい。反射波のp波とs波の振幅が違うのに、だ円でなく円偏波になるとはどういうことだろうか。円偏波まわりの勉強も足りず、このあたりの意味がまだ分かっていないが、こちらの別の論文のpp.39 - 40にも同じようなことが書いてあって参考になる。式(4.11)(4.12)を使うと、L1波の反射係数は次のようになる。ただしこちらの論文Fig.2と合っておらず、何か勘違いしている可能性がある。

右旋円偏波が入射した場合の反射係数

屈折率1の空気から屈折率9.24の水にL1波(右旋円偏波)が入射するときの反射係数(フレネルの式)。Brewster角以下では式(4.11)、以上では式(4.12)を使用。
  • GNSS用のアンテナでは、RHCPのゲインを高く、LHCPのゲインを低くするように作られているので、Brewster角よりも大きい入射角で水面の入射した波については、反射波が左旋円偏波になるため、心配が少ないということになるようだ。
  • こちらの別の論文の表4.1によると、海水 (Sea Water)と淡水 (Fresh Water)では比誘電率が大きく異なる。淡水が80なのに対し海水が20となっている。これがL1波の周波数における値だとすると、海水の屈折率はおよそ√20=4.5くらいになるだろうか。気にしている水面が海の場合は、上のグラフは該当しないので注意。
  • マルチパスに強いGNSSアンテナというのは、(グランドプレーン、チョークリングの使用も含めて)水平面下からの電波のゲインを抑えられるアンテナや、「軸比」というものが1に近く左旋円偏波の影響を受けにくいアンテナのようだ。
  • 軸比 (Axial Ratio)の定義を調べるのに苦労した。その理由として、アンテナの「利得(ゲイン)」と似て、検索すると送信アンテナと受信アンテナの話が両方ヒットすることもあるが、定義が複数あるようだ。こちらの資料の式(2・58)と、こちらの資料のp.33では、符号が逆になる式が示されている。おそらくGNSSの文脈では後者か。よく「長軸と短軸の比」と書かれているが、何の楕円偏波の話をしているのかわからない。はっきり定義がわからないと、仕様として書かれた軸比の最大値(今使っているアンテナでは3 dB)から、水面反射波のゲインのの最大値を計算することなどはできない。
  • RTKLIBのRTKPlotでもマルチパス [m]の表示ができるが、私にはその定義はわかっていない。RTKLIBとは別に、マルチパスの解析のためのオープンソースのソフトがあって、そのページにマルチパスの推定式が載っていた。これを手掛かりに、このような足し算で何を推定しているのか、物理的な意味などを調べていきたい。